2018年度オールスターファン投票1位 峰竜太「去年と今年、2年連続で1位になれたのは本当に嬉しかったですね。感極まりました」ファンの人が「こいつのレースが好き」、「こいつの舟券を買いたい」、そう思われることがボートレーサーとしての全て。それがないのであれば、レーサーとして意味がないとまで思います。だからこそパフォーマンスを上げて、派手な一走、魅せるレースを心掛けてます。

スターは皆、モーターを出してきた

スターは皆、モーターを出してきた

SG優勝回数1位は、「モンスター」と呼ばれた野中和夫(大阪)さんの17回です。

71年5月から10月までの半年間で勝率9, 53、SG3連続優勝、6場所連続優勝、優勝12回(うち特別戦優勝8回)の成績を残し、野中最強時代を築きました。現在はBTSりんくう、BTS名張で仕事をされており2つのBTSをスカイプで結んだ「モンス ター予想」はファンに好評です。モンスター野中に会いたいと、BTSへ来るファンも多いそうです。

引退後の野中さんに取材する機会がありました。住之江60周年·太閤賞パンフレットの取材で、太闇賞の思い出を語ってもらうという企画でした。パンフレットに載った記事の一部を紹介します。

「1976年(昭和51年)に私は勝率9 . 53、年間優勝16回、うちSG . G1で12回優勝していま
す。そこまで頑張ったのは年間表彰制度が誕生したからです。勝ち続ければ表彰されるやろと思ってね。勝率1位に優勝回数も1位、野中だけの表彰式典ですわ(笑)。これじゃマズいというので、ほかの人を敢闘賞に選んで員数を揃えました。ただ、その年は太閤賞( 20周年)に出場していないんです。同日程の徳山クラウンを走っていましたからね。
その前の年、75年の太閤賞(2周年)は優勝戦に乗れませんでした。スタート事故やったと思います(①①。①F①①。①)。優勝戦が寂しくなったらアカンと、最終日に番組さんに頼んで、優勝戦(第10レース)前の第9レースに最強メンバーを揃えてもらって走ったのを覚えています」

 

■1976年第1回優秀選手
最優秀選手(モーターボート大賞) 野中和夫(大阪)
新人優秀選手 北山·朗(奈良)
最高勝率選手 野中和夫(大阪)
最多優勝選手 野中和夫(大阪)
敢闘賞 安岐義晴(香川) ·北原友次・(岡山)-岡本義則・(福岡) ·松本進(愛知)
優秀賞(大衆賞) 野中和夫(大阪)

 

「その澤、77年の太閤賞( 21周年)で優勝するのですが、スタートの瞬間に1艇身リードしてい
ました。エンジンの出方が違ってい主したから、パワーで負ける気はしませんでしたね。当時、松本出進さんが考えたカッププロペラを教えてもらっていたのです。カップを入れるとプロペラの外径が小さくなる分、ターンをしてから早く回転が上がります。
それだけだと伸びが止まるので、ライナー(モーターの取り付けの高さを変える)を積んで、さらに厳しい減量もやっていました。そりゃ、負ける人はいませんよ。勝ったときは『4大競走(SG)で優勝するより嬉しい』と表彰式のインタビューで答えました」

■住之江
1977年8月16日·10 R優勝戦
1着⑥野中 和夫(大阪) 4コース ST0.8
2着④柴田 稔(静岡) 2コース STO, 31
3着⑤古谷 猛(岡山) 1コース STO, 17
4着①後川 博(大阪) 5コース ST0。25
5着③国光 秀雄(長崎) 6コース STO, 18
6着 ②北原 友次(岡山) 3コース STO, 21
2連単⑥_④ 590円
決まり手=捲り

松本進さんのカップペラは当時、スプーンペラと言っていたように記憶しています。
野中さんはケタ違いにモーターを出していました。

 

2、3艇身引き離す超抜級のパワー

ある時、こんなレースがありました。インに入った選手を一気に捲って勝ち続けていました。いくらスタートを張り込んでも、1マークで野中さんに捲られました。

前半のレースで野中さんに捲られたある選手が、後半も野中さんと戦うことになりました
何もしなければ前半同様に捲られるだけですから、策を練りました。5コースの野中さんに対して1つ内、4コースを確保しました。

先捲りを打てば勝てると読んだのです。レースでは4コースの選手が作戦
どおりに先捲りしましたが、野中さんは捲りませんでした。その作戦を読んだかのように、差しで一気に突き抜けたのです。

当時の野中さんのレースを思い出すと、いつも「1対5」なのです。1マークに行くまでに、2~
3艇身も他の選手を引き離すことも珍しくありませんでした。一緒に走る5選手が気の毒に覚えたほどです。|マーク同体に持ち込んでも、「文鎮ターン」と呼ばれていたスピードターンで相手をねじ伏せていました。

こんなエピソードもあります。野中さんが71年の蒲郡ダービー(全日本選手権)で優勝したとき、 2着に入ったのが岩晶三さんでした。岩口さんがレースを終えてピットに戻ると、他の選手が「今年のダービーはアンちゃん(岩口) の優勝だ」と称えてくれたそうです。
当時の野中さんのパワーは別格扱いでした。

 

オンリーワンの整備ノウハウがある

野中さんの勝率9·53は破られることのない記録ですが、北原友次さんの通算3417勝も破ら
れない記録でしょう。デビュー戦からスロー発進したほどの選手です。

徹底した出足型仕上げで3417勝の内3000勝はインからだったと言われています。
北原さんは、モーターを仕上げるために「残業整備」までやっていました。みんなが宿舎に帰っても、レース場に残って整備員さんと一緒にモーター整備に取り組むのです。ピストンの口径を測り、最適なピストンが見つかるまで整備を止めなかったそうです。

「インからスタートは『七五三』でしたよ。どんなレースでも、いつも小回りブイを入ったところから起こしていました。大時計が7秒前を指したときにレバーを握り込み、80 m空中線を5秒前、40m空中線を3秒前に通過して、そこから伏せ込んでいました。短い助走距離でも、すぐに全速になるようなモーター仕上げでした」

軽量ということもあって、深いインでも楽に逃げていました。その強力な出足型仕上げは、
とても真似できるものではありませんでした。

キャブレターの吹き出し口に注目していた選手もいました。3つの小さな穴からガソリンが吹き出して混合気になるのですが、わずかなズレもその選手は見逃しませんでした。「吹き出し口がズレていると、シリンダーに入る混合気の濃度にムラが出る。完全燃焼させるには、3つの穴が真っ正面を向いているのものでなくてはならない」その選手はキャブレターの交換をよくやっていました。

モーターを出した選手が強いというのは,持ちペラの時代が一番顕著だったかもしれません。
プロペラサイズの大きい「デカペラ」の登場に始まり、専門業者にプレスしてもらう「外注プロペラ」に至るまで、パワーアップへの挑戦でした。1枚2万円のプロペラが外注先に加工してもらうと10万円にもなりました。選手は「まんじゅう(万十) ペラ」と呼んでいました。外注先を抱え込んで「他の支部にプロペラを売るな」と規制をかけた所もあったほどです。選手関係は同期や師弟、支部などに加え、外注先を紹介してもらうための人脈もできました。持ちペラ制度を廃止したのは、外注プロペラの費用負担が大きいのも理由の一つでした。

最近は外注プロペラゲージが活躍中

 

觔持ちぺラ制度はなくなりましたが、外注が全くなくなったわけではありません。
最近はいろいろな所から、プロペラゲージが売り出されるようになりました。兵庫の「マサキゲージ」、佐賀の「ミネゲージ」が有名です。

選手はレース場に行くと抽選で手にしたプロペラを自分なりの形に修正します。そのときに使うのがプロペラゲージです。プロペラゲージとは、好成績を残したプロペラの形をコピーしたプラスチックの板のことです。選手は何枚ものプロペラゲージをプロペラに当ててハンマーで叩き、プロペラの形を変えていきます。

標準サイズのものなら、ピットの売店で販売しているレース場もあります。
外注のプロペラゲージは1セットは15本で、大体5S8万円で販売されています。モーターに合うプロペラの形は季節ごとに違いますから、「13番」「15番」など、何種類もある中から欲しいプロペラゲージ番号を選んで購入しています。

標準型よりも高い価格のついたプロペラゲージは、SGクラスが好成績を残したプロペラをモデルにしていることが多く、使えば平均レベル以上のプロペラができあがります。迷路に入ったままシリーズを終えることを考えれば、価格が高くても購入したくなります。皆が同じ水準になるまでの期間限定ですが、こうしたプロペラゲージを早く手に入れた選手の方が、モーターを出すうえで優位に立てるでしよう。水面下の情報戦のようなものです。選手は他の選手よりもモーターを出そうと、いろいろチャレンジしています。限られた選手を除けば、毎年選手相場は変わっています。モーターを出すためのノウハウを誰が持っているか、それを知るのも舟券作戦に必要なことです。

ただ、選手も把握し切れていない水面下の情報は、なかなか手に入るものではありません。
舟券を買う側からすれば、レースや直前の動きを見て判断するより手立てはありません。

ボートレース出力低減モータ

 

モーターを出す時代から引く時代に

ボートレースの歴史はモーター出しの歴史です。モーターを出す技術を持つ選手が強い選手でした。技術は、時代とともに変化します。無制限に整備できるわけではないので,限られた中でどれだけモーターを出すかの勝負になります。時代の流れとともに強い選手が変わっていくのは、モーターを巡る環境が変化し、それぞれの変化に対応する選手が異なるからです。

最近はモーター整備の自由度が減り、特定の選手だけがモーターを出せる時代ではなくなってきたように思います。それに合わせて舟券作戦も変わってきます。

ボートレースはモーター勝負です。「1にモーター抽選、2に番組、3がスタートで、4、5がなくて、6が選手」と言われてきました。最近のSGやG1でも、格上のSG覇者たちが、何もできないまま予選落ちしています。年末のグランプリにはそれなりの選手が顔を揃えますが、そこまでの過程は「山あり、谷あり」といった感じです。選手自身も「モーター抽選の比重が高くなってきた」とコメントするほど、引いたモーター次第という色合いが濃くなっています。

ボートレースで使用するモーターは2サイクルモーターで、排気量は396 c cです。同じ規格の
モーターでも、部品を作る時期や部品の組み合わせなど、ちょっとしたことで違いが出ます。初使用後もいろいろな選手が使用するので、各モーターに性能差が出てきます。出足型はイン向き、伸び型はダッシュ向きです。

他の選手よりも出ているモーターを探すことが舟券作戦の最優先課題です。

ボートレース出力低減モーター